「夏の女子高ボクシング部」
ここは山の上にあるお嬢様学校「鈴蘭女子高」。この学校は県内男子校生達の憧れの的であり、いわゆる「乙女の園」と呼ばれている場所でもある。8月の照りつける夏の陽射しでさえも、この「乙女の園」の前では何だか涼しげに感じるものだ。
…と、他の学校の生徒は勝手に想像するのである。
「あーつーい!!」
鈴蘭女子高ボクシング部のジムから、そんな声(叫び?)が聞こえてきた。おおよそ「乙女の園」に似つかわしくない大声だったが、そんなものは他校の生徒が勝手に作り上げた幻想であり、彼女達だって普通の女子高生なのだ。
「あついよー。もう、なんでクーラーくらい入れてくれないのかなあ、ここの学校は?」
蒸せかえるジムの中で、そう愚痴っているのは「由美子」という名前のショートカットの娘だった。彼女はサンドバッグを打っている手を休めると、床にへたり込んだ。
「だよねー。こんな暑い中で、練習なんかやってらんないよねー」
もう一人の部員が由美子の愚痴に同意する。彼女の名前は「千秋」と言い、由美子とは親友同士の間柄で、ロングヘアが美しい清楚そうな少女であった。しかし、その外見とは裏腹に、千秋は「上半身ブラジャー1枚」というラフな格好で練習していた。他校の生徒が見れば幻滅すること果てしない光景だが、ここではボクシング部以外の人間が自分のこの格好を見ることは無い。「それなら涼しい格好で練習した方が良いじゃん」というのが、部活をやっている人間の本音だった。
「あ、いいなあ、その格好。私もそれでやってみようかな?」
「ねえ、どうせなら上半身裸でやろうよ。どうせ誰も見てないんだからさ」
由美子と千秋の会話に、他の部員達の練習の手が止まる。皆、こういう面白そうな話には目が無い普通の女子高生達なのだ。いつのまにか由美子と千秋の周りには、人だかりが出来ていた。
「いいじゃん、それ。やろうやろう!」
「男の子みたいで面白そう!」
「こんなに暑いんだし、服なんて着てやってられないよ」
得てして、こういう話は「その場のノリ」で決まってしまう。ジム内の暑さに耐えかねた女子部員達は、すぐさまこの「提案」に飛び乗った。となれば、話は早い。ボクシング部の部員達は一斉に着ている服を脱ぎだし、あっという間に上半身裸の格好になった。「全員が上半身裸」という異様な光景を見て、部員達のテンションも更に上がる。
「あはははは!いいね、これ。なんだか男のプロボクサーみたい!」
「そりゃ、おっぱいパーンチ!」
「あん、どこ打ってるのよ!よくもやったなー。ええい、お返しだーい!」
「いやーん、やられちゃったー。アタシもうダメー。クリンチー!」
「あははは、やめてよ。くすぐったいよー!」
部員達が思い思いにじゃれ合う。由美子と千秋も、なんとなく気分が高揚してきてハイになってきた。
「ねえ、千秋。この格好でスパーしてみない?ほら、男の人みたいにさ」
「うん、やろうか!なんだか面白そうだね。世界タイトルマッチみたいにやろうよ」
2人はリングに上がる。リング中央で向かい合うと、なんだか更に興奮してきた。どこかのマンガで見たようなセリフをお互いに言い合ってみる。
「千秋、アンタをぶっ潰してやるわ!」
「由美子、リングに這いつくばりな!」
タイマーを3分にセットしてゴングを鳴らす。お遊びなのであくまで軽めのスパー中心だが、時々、相手のパンチを食らって大げさにマウスピースを飛ばしてみたり、派手にダウンしたりみたりする。すると他の部員達も2人のスパーに気付いて、リングの周りをぐるっと取り囲み、闘っている2人に声援を贈りはじめた。
「がんばれー、千秋。由美子をブッ倒せー!」
「由美子、負けるなー!千秋をKOだー!」
他の部員達の声援を受けて、知らず知らずの内にヒートアップする試合。いつの間にか、2人は本気で闘いはじめていた。
「カーン」
ここでタイマーをセットしていたゴングが鳴る。スパー終了、と思いきや2人はまだやる気満々で、お互いを睨みつけながらコーナーに戻っていった。こうなると他の部員達もノッてくる。由美子と千秋のコーナーにそれぞれ陣取り、インターバルの手伝いなどをした。
「大丈夫よ、由美子。アナタは勝てるわ。自分の力を信じなさい。これに勝てば世界チャンピオンよ!」
「いい、千秋?相手はアナタのパンチを食らってグロッキー寸前よ。必殺の『千秋アッパー』で由美子を眠らせてあげなさい!」
部員達は、あること無いことを口々に喋る。夏の暑さのせいなのか、全員上半身裸という異様な状況のせいなのか、とにかく皆がハイな気分になっていた。
「カーン」
第2ラウンドを告げるゴングが鳴る。一斉にコーナーを飛び出す両者。そして、リング中央では激しい打ち合いがはじまった。
「いけー、由美子―!!」
「ガンバレー、千秋―!!」
リングの周りでは、同じく上半身は裸の部員達が大声で声援を贈る。この光景を他校の生徒が見たら、果たしてどう思うのだろうか…。
「えーい!これでどうだ!」
由美子のストレートが千秋の顎を捕らえる。2人はメチャ本気だった。
「ああん!もお、ダメ…」
たまらず由美子にクリンチする千秋。クリンチの際、何の障壁も無しに直接ぶつかりあう胸の感触が、何だかくすぐったかった。しばらくしてクリンチを解く2人。そして、由美子が千秋にとどめをさそうと大きく右腕を振りかぶった。
「千秋、死ねええええええ!!」
しかし、その一瞬のスキをついて千秋は右腕を下から上に向けて振り上げた。
「食らえ、千秋アッパー!!」
千秋のアッパーは見事に由美子の顎を捕らえ、そしてそれを食らった由美子はゆっくりと後方に倒れて気を失った。カウント10が入る。千秋のKO勝ちだ。
「やったー!千秋の勝ちだー!」
「おめでとう、千秋―!世界チャンピオンだよ!」
劇的なKO勝ちに興奮して、リング内になだれ込む部員達。そして、千秋を肩車していかにも「世界チャンピオン」みたいにする。千秋も気分が乗っているのか、両手でガッツポーズを作る。
一方、KOされた由美子は、他の部員に水をかけられてようやく意識を取り戻した。
「あ、負けちゃったんだ」
舌を出し、ちょっと照れたような微笑みを見せて由美子は呟いた。
「…でも、楽しかったな」
練習終了後
「お疲れー」
「お疲れー、また明日ねー」
あれだけ騒いだのが嘘のように、皆、いつも通りの雰囲気で家路につく。由美子と千秋もいつもと同じように、歩いて一緒に帰っていた。
「千秋、今日は面白かったね」
「うん!…でも、由美子、大丈夫なの?ひどいことしちゃって、ごめんね」
「ううん、平気平気。ほら、もうこの通りピンピンしてるでしょ!」
元気そうに、その場で飛び跳ねてみせる由美子。
「あは、そうだね。さすが由美子」
ホッと安心したように笑顔を見せる千秋。そして、意地悪そうにこう続けた。
「でも、勝ったのはアタシだからね。今日からアタシのことを『世界チャンピオン様』と呼びなさいよ、由美子」
「あー!!このー、調子に乗るなー!!」
「ふーんだ。悔しかったら、アタシからタイトルを奪い返してみなさいよ」
「よーし、言ったなー。今度こそ千秋をブッ潰してやるんだから!」
「あはははははは!」
「あはははははは!」
2人は楽しそうに家路についた。
(完)